月夜見
 残夏のころ」その後 編

    “キミの名前は?”


なだらかな坂を降りてくと、幹線道路との合流辺りの三差路に目立つ樹が立っていて。
落葉樹のようで、冬場は込み入った枝だけ、
何だか庭帚を逆さにしたような侘しい佇まいだったのが。
今は柔らかそうな緑の葉っぱを一杯つけてて、
それへ映えるまっ白い小花も沢山咲いてて何とも鮮やか。
坂の途中から視野へ納まるものだから、ついつい見とれて足元が不如意になり、
おっとっとっと こけそうになったのを、連れが手を伸べて支えてくれたりする。

「わあ。」
「おっと危ない。」

今時には付き物な、いいお日和を掻き回すよに吹く風の中、
一応は指定服なのでと黒い詰襟の制服を着ている背の高いお兄さんと、
ボトムこそ 楽だからと制服のズボンだが、上はパーカーにTシャツなんていう、
すっかりと私服もどきな格好でいる小柄な少年の二人連れ。
学ランのお兄さんは、髪もスポーツマンらしく刈っており、
眼光鋭くなれば結構恐持てなのだろう、良い体躯の頼もしき青年で。
傍らでちょこちょことした落ち着かない歩み方をする小柄なお連れを、
どこか微笑まし気に見やっておいでだが、

 「先輩、手のひらに怪我が多いのって、転びかけるからなんすか?」
 「う……、まぁな。」

乱暴者ではないまでも
到底そうは見えない意外な好みで小型犬を可愛がってる青年が
余裕でお散歩しているような風情だが、
実は実は、小柄でいかにも腕白そうな童顔の坊やの方が“先輩”であるらしく。
つんのめって すて〜んと転びかかったところ、
二の腕をおっとと掴まれたそのまま身を起こしてもらい、
そんな風に案じられて、そこはさすがに恥ずかしかったか
“うむむ”と口許をひん曲げたものの、

 「此処ではこの木が見えてくるのが気になるからしょうがねぇんだ。」

ついつい浮かれて歩む道。
最寄りの駅から叔父貴の経営する産直スーパーまでの、10分かからぬ道程なれど、
住宅街に入る際なせいか、視野の中には今時分なら萌え初めの柔らかな緑が多く、
気の早い初夏を思わす陽射しと風とに、
何だか気分が浮き立ってしまうのだから、しょうがない。

 そういやもうすぐGWですねぇ。
 おおそうだな、ゾロは何か予定とかあるんか?

何しろ、同じバイト先に出入りしているが通っている学校は別だし、
店での配置も随分と違うので、
仕事にかかってしまうと話をする隙もあまりない。
なので、同じ放課後からなシフトの曜日だけ、
同じような時間に駅へ辿り着く者同士として、
あれこれと話が出来るものひと時が何とも貴重な情報交換の場だったりし。

 「そうっすねぇ。
  学校のほうは祭日とかぶらない日も新入生歓迎とか言って球技大会があるようですが。」

他人事みたいな言い方をするのっぽな後輩さんなのへ、

 「あ、その言い方は参加しねぇってクチだな?」

何だよ、スカしてねぇでそういうの楽しめよぉと。
自身がお祭り騒ぎ大好きなものだから、
そういう態度はよくないと、叱るように忠告すれば、

「別に行くのは構いませんが、
 だったらバイトに出て、朝の青果の搬入手伝った方が見入りもあっていいかなと。」

「う……。」

ご当人は、その方が実りある日の使い方だくらいの言い方なんだろうが、
ルフィの側はといやぁ、

 “そっかぁ。ガッコ行かないでバイトに来る気だったか。”

実をいやあ、自分もまた、
そちらは飛び石になってる登校日は創立記念日とやらを埋め合わせて連休になるものだから、
出掛ける予定もないまま、やはりバイトに出てくるつもりだったようで。

 「…そ、そかー。じゃあしょうがないよな、うん。」

そういやアパートのおばちゃんたちとかに家族旅行に出る人がいて
手が足りねくなるって話だしぃと、
だから自分もいるぞ何て言いよう、連ねかけたその語尾が途切れて

 「わあ。」

少し強い目の風が吹きゆき、丁度間近まで来ていた一本植えの街路樹が揺れる。
ざざぁという木の葉擦れの音が、まるで急な驟雨か海のさざ波みたいで、
おおうとついつい小さな肩をすくめた先輩くんが、何とも幼な可愛くて。
可愛いなんて言ったら間違いなく拗ねるだろうが、
それでも目が離せないのは仕方がないと。
白い花の多さに目を見八横顔をこそり眺めておれば、

「なあ、これって何の樹だろう。」
「はい?」

結構ずっと、それこそ2年ほどはいつも見てきた樹だってのに。
今時分にそんな関心が向くなんてとちょっと呆れつつ、
ああえっとと、葉や花を見やり、

「俺もあんまり詳しくないんすが、これはヤマボウシじゃあないですかね。」

桜のあとにこういう花が咲く樹といえば、
ヤマボウシじゃあなかろうか。
ハナミズキも時期としては重なるけれど、
あっちはソメイヨシノと同じで花が先だそうだからと続ければ、

 「わぁあ、凄げぇな、ゾロ。」

聞いておきながら、それは素晴らしい奇跡みたいに感心されてしまい、

 「いやあの…。」

日頃の彼を知る、例えば道場の先輩陣などが観れば
有り得ねぇと指を差しつつ爆笑しそうなほど含羞むから そちらも可愛い。
実を云や、ほんの数日ほど前に届け物があって訪ねた“銀嶺庵”の隠居から、
庭木の話を聞かされたばかりだったがための功であり、

 “…予言まで出来んのか、あの爺さん。”

こらこら師匠にそんな言いよう。(笑)
実を云やあも何も、周囲の心ある大人たちには
この二人の仄かに甘く睦まじい関係は知れ渡っており。
店のお外の人じゃああるが、銀嶺庵のご隠居様も可愛いことよと見守っておいで。
それでと、この青年には柄じゃあない話まで聞かせたのかも知れずで。

 「…先輩。」
 「んん? なんだ?」

こぉんな大きな相手から“先輩”と呼ばれるのはなかなか得難いことだし、
そういうのをおいても、お気に入りなお相手だから。
それは的確なお答えくれたのへ感心したそのまま、
にぱぁと笑ってた小さな先輩さんが素直に応じれば、

「判らないこと、そうそうすぐに人へ訊くのは辞めた方が良いっすよ。」
「ほや?」

何だかえいっという勢いつけた一言だったのへ、
キョトンとしてから、

「そ、そうだよな。ちょっとは自分で考えねぇとな。」

先輩がこれってちょっとみっともないかなぁなんて
照れたそのまま言い出すのへ、

「…っ、じゃあなくてっ。」

あのその、そうじゃあなくて。
そんないいお顔するのを他の奴にも見せるのかと思うと、あのそのと、
判るように言えれば苦労はないよねなんて、
それこそ数年もこの二人の行き来を見守ってたヤマボウシさんが、
顔があったら苦笑していたかも知れない、微笑ましい初夏でした。




  〜Fine〜  18.04.18.

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   いちもんじ様 “残夏のころで 季節もの”


 *ずっと卯の花だと思ってた樹がありまして。
  結構高さのある、今時分に萌え緑の梢に白い花を一杯つける樹で、
  散るときも桜みたいで何とも風情があってお気に入りなのですが、
  いかんせん、ちょっと遠目にしか見られない位置に生えてるので
  何となく“卯の花かな?”というあたりをつけてたんですね。
  でも調べると、卯の花、空木は庭木に使われる低木で、
  野生の伸び放題のは背が高くなる場合もあるが幹もそんなに太くはならない。
  なので、もしかしてそれはヤマボウシかも知れないと、
  今年やっと判明しそうになってます。
  


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